【心理学の試験を作る難しさについて】

 皆さんこんにちは。ファイブアカデミー講師のTです。
 2021年初の記事となります。あけましておめでとうございます。本年も細々と記事を執筆させていただき、少しでも読者の方のためになればと思いますので、どうぞよろしくお願いいたします。
 さて、先月の12月20日には、第3回公認心理師試験が実施されました。受験された方、本当にお疲れさまでした。弊社ファイブアカデミーを含め、様々な機関から解答速報等が出され、また受験された方の試験に関する様々な意見や感想がネットで見受けられます。ファイブアカデミーとしての第3回公認心理師試験の講評は、HPからお申込みいただけるとご覧になれますので、ご興味のある方はそちらをご参照いただければと思います。
 今回の記事では、第3回公認心理師試験の印象や、私自身の模試等で問題を作成する立場の経験を踏まえ、「心理学の試験を作る難しさ」についてお話してみたいと思います。

<心理学の実践には唯一の正解はない>


 これまでの記事で似たようなことをお話ししたかもしれませんが、心理学というのは人間を学問することだと私は思っています。そして、その心理学を専門として対人援助を行う臨床心理学の実践というのは、唯一の正解(これをやればよい)というものはないと思います。
 しかしながら、実践をやる前には当然、心理学に関する基本的知識を学ぶ必要があります。その手始めとして、テキストを用いた座学といったことがベースになるかと思います。とりわけ、試験対策のためのテキストになればなおのことなのですが、そういったテキスト・書籍に記載されるのは、「一般的・普遍的に通ずるもの」がメインになりがちです(専門書になればそうとは限りませんが)。一般的な法則や、各分野の概要といったところで、多くの人が読んだときに納得・理解がされやすいものが述べられることが多くなります。無論そういったものが、実践をやる上での重要な土台になっていきます。
 では、より段階が進み実践になるとどうかというと、テキスト通りになることは多くありません(テキストには書いてないと言った方がよいかもしれません)。結局テキストに書かれていることは、一般的・普遍的事項になるので、実践で目の前の(個別の)クライエントと関わりを持とうと思った場合、そのクライエントに合わせた形で実際に何をするかは自分自身で決めることです。
 例えば、心理的支援について、クライエントの話を共感的に聞くことや、ラポールをしっかり形成することの重要性は、テキストでも述べられているはずです。では実践の場面で、例えば職場での人間関係に悩みを抱えているAさんがあなたの元に来談したときに、どうすれば共感的に話を聞けるのか、ラポールをしっかりと形成できるのか、それはあなたとAさんとの関わりの中で紡がれていくものであり、両者の関わり次第ということになります。「あなたの元を訪れた職場での人間関係に悩みを抱えているAさんへの共感の仕方、ラポールの形成の仕方」が書かれているテキストはこの世のどこにもありません。このように、一般的・普遍的な知識を土台にしながらも、それを実践の中で形にする場合は、その在り様はそれこそ無限に存在するということになります。したがって、実践においてこれが唯一正しい正解であるというものは存在しないと考えられます。

<でも試験だから…> 

 公認心理師・臨床心理士試験は、上述のような心理学を専門とした実践家の資質を評価することを1つの目的としていると思われますが、ここにちょっとした矛盾が感じられます。実践の場面では唯一の正解というものはなく、ケースに応じて適切と思われるふるまい・対応を判断していくことが必要になりますが、試験ということになると、正解・不正解を決め、そしてその根拠はできるだけ受験者が納得のいくものである必要があります。特に公認心理師・臨床心理士試験の事例問題では、設問によって意見が分かれるものが出てくることもあります。今回の第3回公認心理師試験の事例問題でも様々な意見がネットやSNS等で見られました。つまり、心理学の試験を作る難しさとは、「唯一の正解がないものに対して、試験であるがゆえに正解・不正解をつけること」だと考えられます(いわゆる知識問題は別ですが)。

<バランスが大切>


 このような矛盾を含んだ心理学の試験ですが、バランスが非常に重要だと思われます。もちろん、受験者からすれば、設問の正解・不正解の根拠は納得のいくものでなければなりません。では心理学の実践家の資質を評価する試験として、事例問題を無くしてしまったり、根拠を明確にするために明らかに誤った選択肢を入れた事例問題等に偏った試験(つまり、正解・不正解を誰が見ても納得がいく問題、あるいは意見が分かれないような問題で構成された試験)にしてしまうと、それは果たして心理学の実践家の資質を評価する試験として適切なのかどうか、疑問が生じます。逆に試験として、唯一の正解がない実践の色が濃すぎる設問が多くなりすぎてしまうと、受験者からすれば正解・不正解の根拠が納得のいくものではない設問が多くなる恐れが出てきてしまいます。
 ゆえに、唯一の正解がない実践の側面×正解・不正解をつける試験の側面のバランスが、心理学の試験を作る上で考慮すべきポイントの1つであると思われます。

<最後に>


 このような記事を書こうと思ったのは、ファイブアカデミーの中で第3回公認心理師試験の解答速報を作成するにあたり、事例問題で講師同士で解答の突き合わせをしたのがきっかけです。講師によって、事例問題では解答が食い違う設問がいくつかあり、それぞれの意見を交換したのですが、その中で、不思議とケースカンファレンスに似た感覚を味わっている自分がいました。それと同時に、少しほっとしている自分もいました。逆に解答がすべて一致していたら、意見が全く分かれない設問しかなかったら、心理学の実践家の資質を評価する試験として適切かどうか疑問だったからです。
 もちろん、試験で実践家としての資質がすべて測れるわけではありません。試験に合格したから実践家の資質がある、あるいは不合格だから資質がない、ということではないと思います。大切なのは、試験を契機に次なる研鑽や新たな学びにつなげていくことです。
 本年も、実践的側面と、納得のいく・理解の得られる試験的側面の両方を大切に試験作成や講義に努めていきたいと思います。

今日の一言
「人生に失敗がないと、人生を失敗する。」by 斎藤茂太 精神科医